こんにちは!千種さわやかクリニック通所リハビリテーションの理学療法士・柔道整復師・鍼灸師の新田と申します。

 

高校3年生の夏が終わり、秋季宮城国体からですね。東日本大震災で津波にあった石ノ森章太郎記念館のある宮城県です。岡山県でシングルス3位に入賞することができ第56回宮城国体に出場する機会を頂きました。中国人の方と3年最後の練習をとにかく全力でやったことを覚えています。毎晩2人でフットワーク練習から、サーブレシーブ練習をしましたね。全国チャンピオン、中国人(のちにインターハイシングルス3位)と私!中央大学にも練習しにいったことも覚えています。中央大学では栃木県代表の高校生も来ていました。栃木県も中国人が一人おり、確かインターハイも上位入賞者だったことを記憶しております。中央大学での練習の記憶もはっきりと残ってます。
基本の姿勢に戻ること、とにかくどんなボールがきてもすぐに対応できるようにしておくこと、要するに卓球は台の中にボールを入れ続けたものが勝てるというシンプルなものであるということがまた衝撃的でしたね。どんなボールでも対応できるようにニュートラルに戻るということ。もうとにかくココをしっかりすること。

 

 3年生最後の秋、宮城へ出陣になります。3人の団体戦で全国チャンピオンがシングルス2回、中国人と私がダブルス1回とシングルス1回で競われます。熱気がどんどん伝わってくる宮城国体、正直私が負けていなかったら、岡山県は2位だったでしょうね。。。青森と決勝で当たることを目指しました。が、栃木に負けてしまいました。栃木県少年国体代表の選手とは中央大学で練習試合をして勝った相手が対戦相手でした。なのにも関わらず、私が負けて最後に負けて敗退…。いやいい経験をさせてもらったことを覚えていますが、つらかったですね。OBで、中央大学に行った一つ上の先輩(全国3位で、ジュニア合宿に選ばれた前キャプテン)からも中央大学で試合した時勝ったことがあったはずでしょう!もったいないことしたな!と一言頂きました。。。悔しかったですね。インタビューも受けましたが、負けてたので悔しくて覚えていません。そこで私の高校3年間の卓球生活は終了しました。懐かしい思い出です。本当にいい経験をさせてもらったことに感謝しております。

 

次は、大学への進路をどうするかになります。どこの大学にいくのか。まったく決まっていませんでしたが、日本体育大学卓球部であったセレクションという練習試合で、日本体育大学へと進路を決めました。全国から集まったセレクションという試合で勝てないと日本体育大学に入ることができないのですが、そこでなんと1位になることができました。あの時の事は鮮明に覚えています。上位3名しか入部できませんでしたから、1位はそのまま大学試験に合格したようなものでした。たまたま運もあったと思いますが、入部が決定します。

 

今日はここまでにしましょう。暑い日が続きます。体調に気を付けて、夏を乗り切りましょう!それでは!