こんにちは、株式会社ゼニタの服部です。本日は、高齢者の夜間の転倒についてお話をさせていただきます。

高齢者の転倒の3分の1は夜間に起こります。転倒が起こりやすいのは夜9時過ぎから翌朝6時頃までの8~9時間、いわゆる就寝時間帯です。
8~9時間と言えば1日のほぼ3分の1だし、転倒の3分の1が就寝時間帯に起こるのはし方がないなどと思わないようにして下さい。
なぜなら、その時間帯の大部分は眠っているか、寝床で横になっているため転びようがありません。実質的には、夜中に目覚めて尿意を感じ、寝床とトイレを往復します、そのわずかな時間帯に転倒が集中しているのです。

目が覚めている単位時間あたりの転倒率は昼よりも夜の方がずっと高くなります。しかも、高齢者が転倒すると10回につき1回の割合で骨折をしてしまい、その後の生活に大きな支障をきたすことも少なくないのです。

ちなみに、そもそも高齢者はとても転びやすく、日本では65歳以上の高齢者の約4人に1人が少なくとも1年間に1回は家の中で転倒しており、高齢になるほどその頻度が増えます。転倒に絡んだ医療と介護費は年間9千億円以上に達するという試算があります。特に太ももの骨の付け根部分(大腿骨近位部)の骨折は深刻で、10%以上は寝たきりになります。二足歩行の人間にとって転倒はある意味宿命のようなものですが、大腿骨近位部骨折のような重症骨折も、大きな事故や転落ではなく、その9割近くは歩行中の転倒によって起こっています。

なぜ、高齢者の転倒は夜間に起こりやすくなるのでしょうか。
パッと考えると夜中で薄暗いために段差が見えにくいなどの原因が頭に浮かびますが、そのほかにも夜間には転倒を引き起こすさまざまな要因があります。
例えば、①低血圧です。昼間に比べて夜間は血圧が低くなります。特に寝ていると血圧は低くなり、トイレに行きたくなって起き上がっても血圧がすぐには高まらないため、立ちくらみ(起立性低血圧)で転倒してしまうことがあります。高血圧の治療薬(血圧降下剤)を服用していると転倒リスクがさらに高まることが調査から明らかにされています。夜間に目覚めてトイレに行くときには、ゆっくりと身を起こし、めまい感やふらつきがないことを確認してから、壁などに手を添えて歩き始めるなどの工夫をするとよいでしょう。

②薬剤の影響も見逃せません。服用している薬剤数と転倒リスクが比例するという報告もあります。糖尿病の治療薬(血糖降下剤)が効きすぎて夜間に低血糖気味になったり、アレルギー治療薬(抗ヒスタミン薬)で眠気とふらつきが出たり、胃炎の治療薬(H2ブロッカー)で夜間にもうろうとしたなど転倒につながる副作用が増えるためです。
特に睡眠薬を服用している高齢者はとても多く、転倒した高齢者が服用していた薬剤としてたえず上位にランキングされています。ベンゾジアゼピン系と呼ばれる睡眠薬が特に転倒を引き起こしやすいとされています。
このベンゾジアゼピン系は日本で使われている睡眠薬の7割以上を占めています。睡眠薬と聞くと、眠気が強くもうろうとして転ぶ様子を思い浮かべるかもしれませんが、そのようなケースは思いのほか多くありません。最近の睡眠薬は作用時間(眠気が持続する時間)が短いものが多く、トイレに行く頃には眠気がかなり醒めています。そのため、むしろ睡眠薬による眠気が切れかけた頃に目を覚ましてトイレに向かっている途中で転ぶことが多くなります。

睡眠薬の作用時間を過ぎているのにナゼ転びやくなるのでしょうか。それは眠気が消えた後も、筋肉を弛緩させる作用や体の平衡機能を抑制する作用は続いているためです。つまり、医師が説明する「睡眠薬の効果が長い、短い」とは催眠作用の持続時間のことであり、その他の作用(副作用にもなる)の持続時間とは異なるからです。そのため、眠気がなくなっても、廊下を曲がる際にふらつく、筋肉が弛緩しているためよろめいた時に踏ん張りがきかない、つま先が上がらず段差に引っかかりやすいなど、転倒しやすい症状が出てきます。「睡眠薬の効果が切れた」と安心してはいけないのです。

老人ホームでの入所中の高齢者を対象にして転倒の有無を約6カ月間にわたり追跡調査した結果、転倒リスクが高い高齢者の順序は以下の通りであったとの事です。①不眠があるけど治療していない高齢者(不眠のない対照高齢者に比較して転倒リスクが1.6倍)②不眠があり睡眠薬を服用しているけど治りきっていない高齢者(同1.3倍)③不眠があり睡眠薬を服用して治っている高齢者(同1.1倍、対照高齢者と有意差なし)

このことから、不眠を治療せずに放置していることが最も転倒リスクが高くなることが分かります。ちなみに、この調査では睡眠薬の服用だけでは転倒リスクは高くなりませんでした。(図上段の睡眠薬ありとなしの比較)。これは意外な結果で、今後も検証が必要となります。当たり前ですが、眠れるようになればトイレ回数も減り、転倒も少なくなります。睡眠薬を使う必要がある場合には、特に治療初期の転倒に注意しながらキチンと使って不眠を治す方が安全なようです。